今東光関連エントリー

今東光先生

僕の人生の師、今東光先生!! 昭和49年(1974年)集英社より故今東光先生の「極道辻説法」が連載されることになった。 この仕事がイラストレーターとしてのマスコミデビューである。 初めて今先生とお会いした時、先生は僕に「君も極道者だね」と言われ ...

今東光先生

今東光

『おいろけ繁盛記』の「河内風土記」シリーズの原作者今東光は、大阪河内長野の寺の住職で作家、テレビにもよく出ているタレントだった。 ... 作品『お吟さま』、さらに勝新太郎・田宮二郎の『悪名』も今東光の原作である。 意外にも坊主作家が多いのは ...

今東光

今東光・・・極道辻説法

今東光作続極道辻説法の初版は1977年です、何故この本を探したかと言いますとこの本の中のイラストに興味があったからです。 ... 今東光先生の歯に衣を着せぬ口調で意見なり小言が述べられており当時ベストセラーになっ ...

今東光・・・極道辻説法

平太郎独白録 親愛なるアッティクスへ : 今 東光に校長が与 ...

親愛なるアッティクスへ 先日も 平太郎独白録 「昭和の怪僧、今東光にみるアメリカとの関わり方心得。」 の中で紹介しました 今 東光 という人物についての続編なのですが、この人物は、その豪放磊落な人柄もあり、まあ ...

平太郎独白録 親愛なるアッティクスへ : 今 東光に校長が与 ...

平太郎独白録 親愛なるアッティクスへ : 異端児・今 東光に ...

... ともあれ、 大正9年 、 22歳 の今東光と 21歳 の川端康成は出会い、そして、どこをどう認め合ったかはともかく、二人は大いに 意気投合 し、毎日のように互いの家を行き来したと言います。 その後、今東光は川端康成が 一高 に行けば一緒に付いていっ ...

平太郎独白録 親愛なるアッティクスへ : 異端児・今 東光に ...

今東光とは?

今 東光(こん とうこう、1898年3月26日 - 1977年9月19日)は、天台宗僧侶(法名 今 春聴)・作家・画家・参議院議員。
作家・評論家で文化庁長官を務めた今日出海は弟。
横浜で生まれ小樽・函館と転々とした後、9歳より大阪で育つ。関西学院高等部 関西学院中学部から兵庫県立豊岡高等学校 兵庫県立豊岡中学校に転校するも素行が悪いとして退学させられる。
その後上京し、画家をめざしたが小説に進み(ただし絵はその後も続けている)、川端康成らの第6次「新思潮」の発刊に同人として参加。さらに「文芸春秋」にも参加するが、一時は彼を評価していた菊池寛と互いに激しく対立したことなどから昭和初期に文壇を去る。

今東光の詳細